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そのためにFrom VALVANEでは、旅行先の安全性やお国柄などが良く現れていると思われるニュースを中心に、ピックアップしていきます。

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・ Wikipedia「バクラヴァ」にて、紹介されています。
・ カナダ、バンクーバーの日本語情報雑誌「Oops!」にて、紹介されました。
  http://www.oopsweb.com/2007/focus/new/1b1.htm (ウェブ版)

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杉原千畝 6000人の命のビザ
   今夜21:00、 読売テレビですよ~、みなさん!! ヽ(^o^)ノ

って、いきなり何かと言いますと、今夜杉原千畝(すぎはらちうね)さんの物語が、終戦60年ドラマスペシャルとして放送されるのです!!

決断・命のビザ
渡辺 勝正編著
大正出版 (1996.11)
通常1-3週間以内に発送します。


杉原千畝さんのことはご存知の方もいらっしゃると思いますが、先の大戦中、ナチス・ドイツの迫害から幾千人ものユダヤ人を救った方で、そのため、「日本のシンドラー」とも形容されています。

                                
詳しいことは、検索すればいくらでも出てきますし、ウィキペディアにも簡潔に、だけど詳しく纏められていますが(こちら)、彼は第2次世界大戦中、リトアニアの在カウナス日本領事館領事代理として赴任していましたが、そこではナチス占領下のポーランドからリトアニアに逃亡してきた多くのユダヤ人ビザを取得しようと、各国の領事館や大使館に押しかけていました。なぜなら、当時のユダヤ人たちの逃げ場はたったひとつ、オランダ領キュラソー島だけでしたが、しかし、ここに行くためにはソ連、日本を通過する以外道はなかったのです。ところが、ソ連がリトアニアを併合し、各国に在リトアニア領事館・大使館の閉鎖を求めたため、ユダヤ難民たちは業務を続けていた日本領事館に通過ビザを求めて殺到したのです。
しかし、当時の日本は、ナチス・ドイツと同盟関係にありました。よって、ユダヤ人を助ければドイツに対する裏切り行為になります。そのため日本政府は、表向きはユダヤ人に対する中立さを装いつつ、実際は外務省ユダヤ難民取り扱い規則により、「通過ビザの発給を受けるためには十分な旅費を備えるなど規定の条件を満たすことが必要」とすることでビザの発給資格を異常に高くし、ユダヤ難民を事実上締め出すことを狙っていました。
当然、ユダヤ人難民のほとんどはこの受給資格を欠いていたため、杉原さんは日本の外務省にビザ発行の許可を求めて電報を打ちました。しかし返事はありません。それでも何度も何度も打った結果、やっと返ってきた回答は「ノー」。これを受けて、杉原さんは決断しました。日本通過ビザを、要件の整わないユダヤ人たちにも半ば無制限に発給することを!
それから杉原さんは、懸命にビザを書き続けました。腕が腫れあがり、万年筆が折れても、杉原は書き続けたのです!

     「最初の回訓を受理した日は、一晩中私は考えた。考えつくした。
    回訓を、文字通り民衆に伝えれば、そしてその通り実行すれば、
    私は本省に対して従順であるとして、ほめられこそすれ、と考えた。
    仮に当事者が私でなく、他の誰かであったとすれば、恐らく
    百人が百人、東京の回訓通り、ビザ拒否の道を選んだだろう。
    それは、何よりも、文官服務規程方、何条かの違反に対する
    昇進停止、乃至、馘首が恐ろしいからである。
     私も、何をかくそう、回訓を受けた日、一晩中考えた。
    ・・・果たして、浅慮、無責任、我無者らの職業軍人グループの、
    対ナチス協調に迎合することによって、全世界に隠然たる勢力を擁する、
    ユダヤ民族から永遠の恨みを買ってまで、旅行書類の不備、
    公安配慮云々を盾にとって、ビザを拒否してもかまわないが、
    それが果たして、国益に叶うことだというのか。
     苦慮、煩悶の揚句、私はついに、人道、博愛精神第一という結論を得た。
    そして私は、何も恐るることなく、職を賭して忠実にこれを実行し了えたと、
    今も確信している」
            (『決断・命のビザ』より 渡辺勝正編著・大正出版刊)

ソ連政府や本国から再三の退去命令を受けながらも、杉原さんと妻・幸子さんはベルリンへ旅立つ9月の初めまでおよそ1ヶ月余り、ビザを書き続けたとされています。その間発行されたビザの枚数は番号が付され記録されているものだけでも、およそ2100枚。途中から記録するのをやめてしまったと言われているため、実際には記録に残っているビザ以外にも数千枚のビザや渡航証明証が発給されたという説もあります。また、1家族につき、1枚のビザで十分でしたので、家族を含めると、少なくとも6000人ものユダヤ人の国外脱出を助けたことになります。



【参考】 杉原千畝 ウィキペディア
     杉原千畝記念館 八百津町ホームページ
     杉原千畝と6,000人の命のビザ 杉原千畝生誕100年記念事業委員会
     日本のシンドラーと言われる人(~杉原千畝と命のビザの物語~)
        杉原さんの物語をフラッシュでまとめています。ぜひ、見てください。フラッシュでまとめ
        きれなかった内容を、フラッシュ後のリンクページに書いてあります。そちらもどうぞ。

 

2005.10.11 | 17:12 | 旅人として気になるニュース | Comment (2) Trackback (0)
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コメント
早速見ました!
良かったです!
すばらしくHP通りの内容でした(笑)
昔は戦争ドラマってのは
戦争の悲惨さをメインテーマにしてるのが多かったですが
この頃の物語は(ドラマに限らず)
戦争という事実を時代背景として
その時の生き様を書いた話が増えてきてる気がします
(僕はその方が好きです)
ちょうど「人生の旋律」という小説を読んで感動しまくった後だったので
よけい感じました

戦前の価値観がガラガラと変わっていくあの時代が
現代に似ているという説があります
説の是非はともかく
先人の過ちを繰返さないというテーマから
歴史的事実はそれとして受け止め
その時代に生きた先人の生き方に学ぼうという
機運になっているのかもしれません

とりあえず感想までに…

(ドラマの内容ではなくて
何故今あのドラマが放映されたかっていう話になっちゃいましたね)
by:しちょう | URL | 2005.10.11 23:30 [編集] |
>すばらしくHP通りの内容でした(笑)
でしたねぇ…! 
まぁ、「伝記」ですから、内容が変わらないのは仕方ないかと!(笑)v-8

>この頃の物語は(ドラマに限らず) 戦争という事実を時代背景として
>その時の生き様を書いた話が増えてきてる気がします

あれから60年たって、ようやく前向きに物事を見ることが出来るようになった
ということでしょうか。
同じように敗戦国となったドイツと比べると遅い気もしますが、それだけ
当時の日本軍、大日本帝国(?)の戦い方(特攻、集団自決、非国民など)、また、
それによって「日本」が受けた痛手(原爆投下など)は大きかった
ということだとも思います。
今からでも、既に遅きに失しているところもありますが、今からでも出来ることをして、
本当の意味で「終戦」を迎え、未来に繋がる日本になってもらいたいものです。

また、軍人、自衛官、公務員等、やはり基本的には命令遵守が大原則だと思いますが、
特にこのような逼迫した状況下であるとき、特に人道的なものが絡んでいる時は、
時には杉原さんのようであってもいいと思います。
と言うか、やっぱり最終的には、現場の人間が個人個人で判断して、普通に「人間
として」動いてもらいたいと思います。
職業がどうのと言う前に、私たちみんな「人間」ですから!
by:ガナッシュ | URL | 2005.10.12 22:23 [編集] |














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