旅を楽しむために、大切なこと…。
海外旅行を楽しむためには、もちろん観光地の見どころや宿泊施設、航空チケットについての情報も大切ですが、From VALVANEでは何より「安全であること」が大切であると考えています。
安心出来てこそ、旅は楽しめるものですからね。そしてその上で、「その国、その地域の歴史や文化、習慣について」もっと理解を深めることが出来たら…。旅はもっと楽しくなると思いませんか?そのためにFrom VALVANEでは、旅行先の安全性やお国柄などが良く現れていると思われるニュースを中心に、ピックアップしていきます。
・ Wikipedia「バクラヴァ」にて、紹介されています。
・ カナダ、バンクーバーの日本語情報雑誌「Oops!」にて、紹介されました。
http://www.oopsweb.com/2007/focus/new/1b1.htm (ウェブ版)
とは言え、事故現場からの中継部分だけではなく、そのもう少し前の辺りからちらちらとでも読んでみれば、どういう状況だったか、だいたいわかると思います。以下、ダイジェスト版です。全部読みたい方は、「野口健公式ブログ」へどうぞ。
2007年5月7日 GW明けの野口隊INベースキャンプ
・ 2週間以上という長い時間、6,500m以上の高所にいた野口達は疲労困憊。肺の
調子も悪かった。高所での疲れた体を癒すには。そう、酸素の濃い所に下りるこ
とです。
・ 野口に関しては肺の状態が良好気味。今回の休憩で回復傾向。
・ 現在の現地の天候は落ち着く気配が無い状況だそうです。例年、登頂を目指す
シグナルとなる天候パターンがあります。
2〜3日好天そして雪、それがパターンとして読めるようになります。しかし今年
はまだその兆候がありません。むしろ天気のいい日が半日と続かないというの
です。そういった天候で風も強く、未だどの隊も登頂していないとのことです。
・ 他の隊に関しては、隊員が下山を余儀なくされているらしいのです。肺水腫や血
圧が下がらなかったり、やはり低酸素、低気圧の状況で、人間の限界を超えて
いる世界なのです。それを考えると野口隊は順調と言えると思います。
2007年5月10日 登頂予定日情報
・ 野口から電話が入りました。天候も安定し始め15日に暫定的ではありますが、
登頂日にするということです。
・ 以前の擦れ声とは比べ物にならないくらい、声の調子もすこぶる良く、順化がう
まくいっているように思えました。
2007年5月12日 天候の不安
・ 現在、ベースキャンプは雪。天候がおもわしくない。天気予報も17日までは安定
しないといっている。とはいえ、この極地エベレストにあてはまるかどうかはわか
らない状況。
・ 現在野口たちは6500mのABC(アドバンスベースキャンプ)で協議中。一時のチ
ャンスにかけるためにいつ出発するのか。この判断は非常に難しいものです。
上部ではもちろん酸素も薄く、気圧も低い。そこに滞在するだけで体力を消耗す
るのだ。安全を考え酸素も充分用意しているが、上で待機できたとしても2日が
限界。
2007年5月13日 キャンプ1からの電話連絡
・ 昨日の決断は、「出発」でした。天気はやはりあまり良くなく、ノースコルまでも風
が強かったということです。
・ しかし、無事ノースコルに到着。その冷たく乾燥した空気を吸い込んだ野口は、右
の肺が息をすると痛い。背中まで貫通するような痛みがあったとのこと。夜は酸
素を吸って楽になったようです。
2007年5月13日 キャンプ2からの電話連絡
・ 午前中は良かった天気だが、風が途中から強くなる。頂上に向かって右側から
ひたすら強い風を受ける。
・ 97年に野口隊のアドバイザーをしてくれた大蔵隊が野口隊の少し上にキャンプを
構えている。大蔵隊も15日に登頂を狙う。これも何かの縁。一緒に登れることを
祈りたい。
2007年5月14日 キャンプ3到着!コメントを文字起こししました。
・ ネパール時間の13時30分に8300mの最終キャンプ(キャンプ3)に到着しました。
残念ながら今、雪が降っている。午後になるといつも天気が崩れる。
この後天気が回復すれば、ネパール時間の本日21時か22時にはアタック開始
をして、ネパール時間15日の早朝5時には登頂できると思う。
・ 昨日はくたばっていて気づかなかったが、荷揚げした酸素ボンベ7本が、他の隊
に盗まれていた。
・ 高所で酸素を盗むと言うことは金品を盗むとかそういう容易いものじゃなくて、時
に殺人行為なんですね。非常に許しがたいことだと僕は思っています。
・ もう後2日だから、歯を食いしばって、岩に爪を立ててでもこの10年間の思いを、
晴らしたいと思います。
2007年5月15日 キャンプ3出発、頂上目指す。
・ (現地時間)14日20時45分、見事な天気です。
・ 今から準備してアタック開始。天気がこれだけ味方してくれたので、後は自分達
の努力、失敗しないこと、あとは自分達に負けないこと。自分に負けず、失敗し
なければ、チョモランマに登頂できる。これからアタックを開始したいと思います。
・ あとこれからアタックを開始するわけですけれど、もし、万が一、万が一のことが
あれば、南青山か、タンボチェの丘の、あの龍ちゃん(故橋本龍太郎元総理大臣)
の墓の横に、僕の墓を建ててください。その墓に「永久に龍さんと語る」と。
2007年5月15日 5.15 エベレスト登頂二冠達成!!
さて、この度、「富士山・エベレスト同時清掃及びエベレスト登頂」を目的として活動中の野口健は日本時間5月15日(火)AM11時15分にエベレスト登頂を果しました。今回の挑戦は1997年に初めてエベレスト(中国側)に挑み、惜しくも登頂を断念した場所からの再挑戦でした。
1999年にはエベレスト(ネパール側)から挑戦し登頂を果すと同時に、7大陸最高峰世界最小年記録を樹立いたしました。(1999年当時)今回の登頂で、中国・ネパール両側からエベレスト登頂を果した8人目の日本人記録となります。
(2007年5月15日 他)
「残念なおしらせ」、「残念なお知らせ2」、「遺族へのコメント。ブログの昨日の事故対応について。」、「昨日、下山時の状況」は、一時削除中。。
2007年5月15日 キャンプ3に無事帰還
・ 下山に時間がかかった理由は、頂上付近にて登山者の救出及び、遺体の搬出
を手伝っていたからだということ。野口たちは自分達の出来る範囲で遺体を下ろ
そうと努力したが、2時間以上8600m以上のところで作業をし、自分達の身にも
危険を感じ、遺族に申し訳ないと思いつつも、遺体は埋葬。
・ 疲労困憊でキャンプ3に戻ってきた野口は咳と疲れで、嘔吐し続け、胃液しか出
ない状況。
2007年5月16日 緊迫した状況続く。キャンプ3より電話ありました。
・ 昨夜、電話があったあとから胃痙攣と嘔吐、肺まで痙攣するという状態に陥り、
どうにかなってしまうかと思ったとのこと。野口が着用していた酸素マスクが壊れ
ていたというのだ。現在は酸素マスクを代え、回復傾向にある。
・ 野口達が頂上直下で遺体を下ろして、生きている女性をレスキューしていた際に
登ってきた西洋人だが、時間から見ても登頂は難しい、もし登頂したとしても遭難
する可能性が極めて高い状況だったため、野口は「戻ったほうがい」と助言したが、
その西洋人はそれを無視し、登っていったという。
・ キャンプ3に彼らが戻れているかどうかは確認できていないとのこと。一人の登山
家のエゴで、一人のシェルパの命がなくなった可能性がある。
・ 情報では既に頂上直下で身動きがとれないでいる隊が何隊かあるらしい。大量遭
難の可能性もあるとのこと。
2007年5月16日 キャンプ3(8,300m)から緊急連絡。
・ 8,300m、キャンプ3に吹雪のため閉じ込められております。
・ 野口は3日間何も食べていないとのこと。昨夜はお湯しか飲めなかった。食べると
吐いてしまうということです。
・ 本日アタックをかけた国際隊のメンバーでチェコ人が登頂をあきらめキャンプ3に
下山。直後、野口隊テントの横で、死亡しました。
2007年5月16日 無事ABC到着!!!!
現在ABC(6,500m)です。
もう大丈夫です。
野口、平賀共に無事です。
こういう標高8000mの世界に、
ツアーで行く?!


ヨロシク…

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