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・ Wikipedia「バクラヴァ」にて、紹介されています。
・ カナダ、バンクーバーの日本語情報雑誌「Oops!」にて、紹介されました。
  http://www.oopsweb.com/2007/focus/new/1b1.htm (ウェブ版)

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ホロコーストから生き延びた教授、教え子を庇って死亡
リビウ・リブレスク教授(バージニア工科大、航空学) by Wikipedia
リビウ・リブレスク
 Liviu Librescu


リビウ・リブレスク (1930/08/30-2007/04/16)は、ルーマニア生まれのイスラエルの教授で、直近の職位はアメリカ、バージニア工科大の理工学及び機械学の教授。主要研究分野は、空力弾性学及び非定常空気力学。

この76歳の彼はホロコーストからの生存者で、バージニア工科大銃乱射事件(Virginia Tech massacre)にて、「ガンマン(※)」の浸入を阻止すべく講義室入口のドアを抑えていて、ドア越しに銃殺された。しかし、おかげで学生は、その間に窓から飛び降り、助かった。イスラエルの遺族には、この学生によって、最期を伝える電子メールが送られた。奇しくも、この日は 虐殺の記憶を語り継ぐホロコーストの記念日だった。教授が卒業したハンガリーの大学では教授の写真や花が供えられ、学生や教員が死を悼んだ。 (photo by Wikipedia)

※ ガンマン(gunman) … 米バージニア工科大銃乱射事件に於いて、事件を目撃した
                    学生らがチョ・スンヒ容疑者に付けた呼称。

リビウ・リブレスクの人生と経歴

リビウ・リブレスクは1930年に、ルーマニア南部の町、プロイエシュティ(Ploieşti)のユダヤ人の家庭に生まれる。第2次世界大戦中、リビウ・リブレスクがフォクシャニ(Focşani)のゲットーに収容されている間に、法律家であった父はトランスニストリア(現、沿ドニエストル共和国)の強制収容所に連行されてしまったが、リビウ・リブレスク本人はルーマニアの学識高い科学者となることでホロコーストを生き延びることができた。

リブレスクは、ブカレスト工科大学にて航空宇宙工学を専攻し、1952年に卒業、引き続き同大で修士課程も修めた。1953年~1975年、リブレスクは応用力学の研究者として、流体力学協会及びルーマニア科学アカデミーの流体力学及び航空宇宙工学研究所にて勤務した。なお1969年、ルーマニア科学アカデミーより、流体力学の分野で博士号を認められている。

当時のルーマニア共産主義体制下では、イスラエルへの移住は不可能だったが、イスラエルのメナヘム・ベギン首相からルーマニアのニコラエ・チャウシェスク大統領に直接要請がなされて初めて、ついにルーマニア政府は、彼にルーマニアを去ることを許可した。1978年、リブレスク、イスラエルに移住。そして1979年~1986年、テルアビブ大学にて航空学及び機械工学の教授として勤務した。

そして1985年から亡くなるまでは、バージニア工科大の教授として勤めた。彼はまた、7つもの科学誌の編集委員として、また他の5誌の特集号に客員編集者として招かれてた。彼の妻によると、バージニア工科大の教授で彼以上にたくさん出版した教授は、他にいないとのこと。リブレスクの人生は、彼の妻マリレナと息子のジョセフ、そしてライオネルによって支えられていた。


リビウ・リブレスクの死

享年76、リビウ・リブレスクは2007年4月16日に発生した「米バージニア工科大銃乱射事件」で殺害された32名のうちの1人である。彼はノリス・ホール工科学科棟の講義室にて、学生(チョ・スンヒ、23歳)によって殺害された。リブレスクは講義室にチョ・スンヒが侵入しようとしている間、ドアを押さえつけて入らせないようにした。そのためリブレスクはドア越しに撃たれたが、彼は彼の教え子たちが窓から逃げおおせるまで、ガンマン(※)の講義室内への侵入を阻みきった。彼の教え子の1人、彼の行動を称えて「彼は英雄だ」と言い、またアサエル・アラドは、彼の教え子は全員「彼のおかげで生きている」と言った。リブレスクの息子ジョセフもまた、数人の学生から「彼に命を救われた。彼のことを英雄だと思っている。」と言う内容のメールを受け取ったと語った。奇しくも彼、リブレスクが亡くなったこの日は、ヨム・ハショア(Yom HaShoah ホロコースト記念日)だった。なお、リブレスクは家族の希望により、イスラエル、ラーナナのユダヤ人墓地に埋葬された。葬儀にはルーマニア政府の代表も参列し、科学分野での功績と事件での英雄的行動を称えて、ルーマニア最高位の勲章が授けられた。




<米大学乱射>侵入防ごうと教室ドア押さえ…銃撃死の教授
バージニア工科大の乱射事件では、チョ・スンヒ容疑者の侵入を
防ごうと教室のドアを押さえたユダヤ人の教授
www.excite.co.jp/
Virginia hero is buried in Israel
A 76-year-old professor who was killed while protecting
his students during the Virginia Tech shooting
news.bbc.co.uk/2/hi/americas/6575811.stm
2007.04.19 | 13:44 | 旅人でなくても気になるニュース | Comment (2) Trackback (1)
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コメント
最近何か
世の中が混沌としてきてるような気がしますね。
この教授は戦争で殺され、教え子に殺され、アメリカの銃社会にも殺され、計三回
も殺されるとは思ってもいなかったでしょうね。
by:ゴッホ | URL | 2007.05.03 01:52 [編集] |
ゴッホさんへ
まさかこんな最期を迎えることになろうとは、想像だにしなかったと思いますが、
このリブレスク教授だったら…
「殺された」とは思っていないかもしれません。
ただ単に、学生を凶弾から守る過程で死んでしまっただけ…
本人はそう、思っているのではないかという気がします。

こんな教授の授業こそ、受けてみたかったですね。
私の頭では、さっぱり理解できないと思いますが。(w ;
by:valvane | URL | 2007.05.03 04:28 [編集] |














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シスターみみっくのなんだかわからない堂 | 2007.04.20 |

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